めいげつ/河野宏子
だ。
おねがいだから、ほんとのことおしえないで。
タクシーの運転手があたしをオクサンと呼んだので
もう世間話をつづける気も失せる。
この頃は腹が立つと胸のあたりが冷たくなる。
雨風に磨かれた石みたいに冷ややかな怒りは
くちびるの片端だけを上げて笑顔をつくらせる。
(胸を張って、息を吸って)
レントゲン検査みたいだなと言った男は
あたしの涙を見ないままだった。
胸のあたりの磨かれた石には遠ざかる男のすがたが
ちいさくなるまで映りこんでた。
タクシーは最寄り駅の前で降りた。
部屋までは15分、真夜中のひとけないモータープールの
上空を振り仰ぐと満月。月ってこんなに大きかったっけ、
後ろ歩きしたら排水溝に脚を取られ仰向けに倒れ、
まず驚いて次に痛くって自分を
笑うつもりの喉が詰まりくるしくて息を
逃がしたらそこで弾ける何か こみあげる
目の奥はやっぱ笑えそうもない
けど泣いてて声まで
とまらず
誰も見てませんように でも
誰かは見ていますように
あたしの上に月
胸を透るひかり
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