雑踏の中のひとり/杉菜 晃
―もう少し生きてみるか―
駅の改札を出てきて
ふと洩らした中年男のことば
連れがいるわけではない
一人で改札を出てきて
ふと洩らした独り言
僕は電車に乗ろうとして
改札に向っていたから
すれ違いざま男のことばを
聴いたことになる
あまりにもさりげない
呟きのようなものだったけれど
ただごとではないことば
それに気づいて
振り返ったときには
男はもう雑踏に紛れてしまっていて
聴いた僕も別な雑踏に
はまり込んでいった
ああ
世の中にはこんなことばを吐く
魂が埋もれていて
ときどきふっと浮上しては
―もう少し生きてみるか―
なんて聞き捨
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