幻/紫翠
逢いたい、と
喉が呟く
けれど。
誰にあいたい、のか
わからない
私は一体だれを 忘れてしまったのだろう
あなたをなくした
景色の中で
私も風景のひとつとなり
日々をくらした
なれた床(とこ)から 天井へ
すう と手を伸べ 名を呼んだ
私しか知らないその名を
私はついに 忘れてしまった
たったひとつの 春(はる) 夏(なつ) 秋(あき) 冬(ふゆ) そばにいようとしただけ
それだけの罪に堕ち
私は恋の骸(むくろ)を抱いた
骸はそっと抱きかえし 私をまもったようだった
吹きよせる粉雪が
眠るわたし
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