黒蝶/杉菜 晃
がゆつたり羽を開閉させてゐる
彼は密やかに迫つて
蝶を手中にした
何と女だ しかも冷たい
彼は全身を包むやうにして擦つてやると
血が巡つてきて 黒い睫毛を開いた
その女を横抱きにすると
彼は森を出て白衣の裾を風になびかせて
歩いていく
「もうホルマリンの匂ひは厭」
女は脚をばたつかせて訴へる
「今度は海の見える南向きの部屋だ」
「青い蝶がゐる?」
「青い蝶はどうかな しかし菜の花畑に面してゐるから
春になると白蝶と黄蝶が賑やかだ」
「あの黒蝶どうしたかしら」
「森に逃げて行つたよ だから君の病気は治つたんだ」
「駄目よ そんなこと言つちや 差別よ 黒蝶はね
はじめからゐなかつたの 私の夢の中にゐただけ」
「ぢや もう逃がさないやうにしてくれよ その度に
追ひかけていかれたら 叶はないからね」
「はい はい 先生 お手数かけましたね」
「いいえ どういたしまして 黒蝶さん」
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