文学史的演説/ダーザイン
 
かの聖性を付与しようとして腐敗していくロマン主義の肉体を焼き尽くし、美しい白い骨片を残すのだ。存在とは空白であり、虚無の顕現であり、来るべき書物には何も記されていないとモーリスブランショだかバタイユだかが語っていたね。
 だが、オナニストである孤独な文人ははあえてロマン主義の死臭を手放さないんだな。存在はその無の顔を持って現われ出るという否定神学の物語を生きることを選ぶ。自己に纏わるあらゆる狭雑な観念を廃棄し透明になっていく(これは現にここに在る生活者の道ではなく、廃人への道だ)道ではなく、絶えず失われ続けるロマン主義の腐臭そのものを意図的に生きること。
 いつか、豊穣な生の源、新たなる生の哲
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