恐竜/「ま」の字
 
           ―オフィス街のすきまから
            唸り声と酸の匂い


蒼く林立するビルの足許には
反転する魚群のうすくろい影と 幽かなハミング
水辺に群れる野生馬の傍らから延びる回廊の
扉の向こうは
広大な八月十五日の青空がすぽりと入るおかしな部屋だ
輪郭もないのに壁はひび割れ
垂れさがる無数の心臓には
識票がひたひたと光る

おお、都市は一点の曇りなく炎上し
記憶は 最上の天まで凍りつく

疾(と)ぶ 

使われぬ塑像の三文劇を眼下に
いましも高い塔から空に流し出されてゆくにがいかたち
夜更けて
三日月の前を
目も耳もきけず流されてゆく夥しい天使を見た
日付けの前に倒れ臥す国土では
名もない瘠せた手に
幾筋もの細い血が 震えながら吹き流されるのだ

ああ、責務を放棄するのみならず不在であった
自衛という言葉ひとつ使いこなせなかった

逃れてゆく者はない

壁に映る骨格の影は
垂れ下がるのものの夢を見ない


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