何度目かの遺言/蒸発王
旅先で
必ず訪れる旅館があって
其の庭には
花をつけない
見事な桜が佇んでいた
花をつけないのは
私のせいなんですよ
と
其処の女将は笑う
彼女は下働きの仲居から
ここの一人息子と結婚し
すぐに夫が死んだので
首尾良くと言うか
何と言うか
玉の輿によってこの旅館の女将となった人だった
だから色々な嫌がらせが耐えなくて
長い事
苦労したらしい
毎日毎日
もう駄目だと
明日の朝には起きずに
死んでいたらどんなに楽かと
毎晩毎晩
寝る前に遺言を遺したんです
誰にも言えなかったから
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