国道/河野宏子
少しこけた頬。
生え際の、大きな傷跡。額の寝汗を手のひらで拭ってみる。
この傷が熱を持っていた夜のことをわたしは知らない。
この傷がなかった頃の彼のことをわたしは知らない。
よく、ここまできたね。
額の寝汗を手のひらでまた拭う。
つけっぱなしの小さなテレビから今日最後のニュースが流れる。
テロリストの爆弾にジャーナリストの夫を奪われた女性は
カメラを見据えて、愛する人は粉々の遺体まで可愛かったと
言った。彼の脳漿のこびりついた帽子を握りしめて。
夏休みになると遠くへ旅に出る男の子たちがうらやましかった。
あの子たちはどこへ辿り着いたんだろう?
わたしは彼の傷を指先でなでる。
明日は、泳げなかった頃の話をしようか。
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