ある雨の日、君の弟は。/葛西佑也
 
雨が止みはじめた頃に、
傘を差しはじめてみた。
びしょ濡れになって傘の下、
僕は何かに守られていると強く感じる。
道の向こう側から、
少年が歩いてくる。
あの懐かしい長靴の黄色が、
僕の目に焼き付いて離れない。

僕がまだ長靴をはいていた頃、
水溜りに自分から足を突っ込んで、
びしょ濡れになりながら遊んだっけ。
カエルを触った手で、眼を擦ってしまって
真っ赤になった眼のことだって
全然気にならなかった。

なのに、あの日
幼い子どもの
少し汚れた黄色い長靴が
宙に舞った。
宙に舞って、地面に落ちて
あんなにたくましかった長靴は、
中までびしょ濡れになって
あの勇ましい姿は見る影もなく。

きっと
彼はなにがなんだか分からなかった。
自分の置かれている状況も、
これからどうなってしまうのかも。
それでも雨は、止まない。
雨は身勝手で。

その黄色い長靴が、
今、僕に向かって歩いてきて
何か言いたそうにしている。
なのに、耳を傾けても
傘に落ちる雨の音が
響くだけなんだ。









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