言葉/岡村明子
伝達
という義務から離れた言葉はいつも
夕闇に泡立ち
朝方に溶けてゆく
闇が私と私を囲う壁と壁を囲う外界を親和している間は
言葉が脳のなかで循環するのではなく
発せられなくても流れ出しているのではないかと錯覚させられる
遠くで犬が鳴いているのを
太陽の下では
こんなに親密に聞くことはできない
昼間の
着飾った
意識された
世界の中では
あなたの鼓動が聞こえることもないだろう
あらゆる便宜上の言葉は
夜の路上に散らかって
掃いて捨てられているのだ
そうでない言葉は
いつか
着地する場所を探しあてるまで
浮遊する
もしくは
その純粋さゆえに
消えてしまう
春一番がふいた日
くしゃみをする犬と目が合った
お前にとってもつらい季節がやってきたねと
通じ合わない言葉で会話した
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