姿見のうしろの物語/佐々宝砂
 
1.

手紙は書きかけのままテーブルの上で黴びてゆく。
青黴、赤黴、黴の色ってそんなに単純だったかしら。
ふくりと黴が起きあがる、
まき散らされる胞子は常に薄い紫で、
私の部屋はすっかり煙ってしまっている。
太陽がおちてきたときもこんなだった。
あのとき私は二階の子ども部屋にいて、
階段には薄明るい月光が落ちていた。
窓の桟がつくる影が、ひらひら踊っていた。
黴のにおいが漂ってきて、
どこかで誰かがアルバムをめくっている気配がした。
古ぼけた写真の中でピースサインをしているのは、
たぶん私の弟で。
テーブルの下でがさごそ音がする。
サソリがいきりたって尻尾をあげてい
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