地蔵前/みつべえ
ンに逃げてもらおう。ユカリは最後の身だしなみのつもりか頭髪を手で整えると、立上って湯のなかを勢いよく進んだ。
「ユカリっ! だめえっ、戻って!」
ノンが絶叫した。
しかし、何も起こらなかった。湯から出て木立の向こうに消えたユカリがすぐにノンを呼んだ。その声にはもう切迫した感じはなかった。ノンがおそるおそる湯から上がり外に出ると、ユカリが不審そうに辺りを見まわしていた。
誰もいない。誰も来た形跡がない。
「何でもなかったみたい」
カラスかなんか野鳥の羽搏きだったのかもとユカリは思った。
「ねえ、やっぱりもう出発しよう」ノンが言った。ユカリの大胆な行動にはいつもながら驚かされ
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