青色の銀河/m.qyi
 
ところ(詩にしたいところ)はよく分かるような気がする。ある僕の勘として、意見ではない。そういう想像乃至は雑感を僕は話している、実際とは違うだろう。その想像の線の上で話を続けると、僕は僕の想像しうる青色さんの詩はよく解る。想像の上では、青色さんの矢の的と僕の矢の的は良く似ている、ところがある、もあるように思う。だから撃ち損なったときの気分の悪さはよくわかる、ところがある、もある。ところが撃ち損なえばいいが、中ったとき、それが、いつもずれるとき、それは、はずれているけれどもずれていないとき、所謂的外れの命中のときよりも限界を感じてしまうものだろうと想像する。僕はその実感はあまりない。想像上の想像をして
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