かなしみ/前田ふむふむ
を、
剃刀で切り裂いているが一滴の血も流れない。
わたしは、ほんとうは、保身の城門の中で
乾いた涙を流しているのだろうか。
わたしは、絶望する母親のように、血まみれの胎児を
抱いて、強風の吹きすさぶ岸壁の上に佇み茫然としている。
だが、その赤子こそが、自分であることを、
雲に隠れたぼんやりと映る弦月のように、
はっきりと認めようとはしない。
わたしは、偽りの岩なのだろうか。
しかし、冷たい深淵が瞬き、立ち上がる現実を
すべて口に含み、飲み込んでしまえば
こころの外壁の、涼やかな水底に浸るわたしは、
都会の片隅で、口笛を吹きながら、他人の鏡に映る
自分の青白い顔に、ふてぶてしい薄笑いを浮かべても、
霞みゆく瞳の内部の黒点にある広大な荒野では、
おのずと熱い溢れる涙が、止めどなく流れて落ちているのだ。
震える頬に。震える口元に。震える手の中に。
今日もわたしは、暗い部屋の片隅で、寂しく
わたしという赤子のかなしみを抱きしめている。
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