叶/夕凪ここあ
あの人は私を呼ぶ
名前ではない 記号のような音で、
私は歌わなければならない
縛りつける鎖が痛みを伴うので
切ない声を あの人は悦ぶ
灰の壁に囲われた箱の中
羽根はとうに千切られてしまった
ここの空はあまりに低く
もう届かないことを物語る
横たわり呼吸のように吐いた歌は
今はもう体から切り取られた
ひとりきり(の歌)しか知らない
あの人が私を呼ぶ
ひとりきりを切なく歌うと
冷たい瞳に私の形を写し取って
何度も私のことを呼ぶ
叶
それは届かない空のような
忘れかけた私の名前
あの人が繋ぎとめてしまうせいで
祈るような夢さえ見れない夜
見上げた天井から覗き込む 狭い
かつて空だったものに浮かぶ月は
今ではもう一枚の絵
少しの間の安らぎと
なくした羽根を思い出させて 痛い
せめてガラスの箱だったなら
薄い膜で遮られたとしても
世界に触れられていると 錯覚できるのに
叶
私は歌うしかない
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