桜の季節/吉岡孝次
 
僕がその娘を好きで
その娘もまた僕を好きだったところの少女は
桜が 離脱する魂のように散り去ってゆく季節を
越えられなかった
(もう誰の手も届かない所できっと泣いている)
(小さな石を握りしめて
 僕のことを許すまい、と心に決めているに違いない)
(そして)
(その石も)どこかしら 歪んでいるのだ
遠い呼吸 ──
目を
閉じてみれば何もかもが児戯に等しい

いつしか
少女の背後を平板な闇が覆う
眠れない夜のような重さを額に受けて
僕は
傍観者であることを強制されているのだ
古い口約束に向かって「はい」と大声で返事しさえすれば
いい と
目の前のおまえが言った

(あの一切の請願)
(わめく木々の)

恋人が、今はいる
得体の知れない歌 耳を塞いでも

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