夏風邪/光冨郁也
除した。
マンガ喫茶の帰り、薬局で風邪薬をまた買って、空き地によった。空き地、真ん中にタイヤだけがある。いつものようにタイヤの上に座る。もう女の声はしない。波の音も風の音もしない。自分の呼吸の音さえ聞こえない。日が照りつけているのに、わたしは寒い。捨てられた車の中で見た、女の姿を思い出す。思い出すが、どうにもならない。
わたしが運んだ流木の林がある。はじめ引き上げたときは黒く濡れていたのに、みな白く乾いている。林の向こうには鈍い色の海があり、その上には空白がある。手を伸ばせば空白に届くかもしれない。そう思っていたときもある。咳をしながら、浜辺まで歩いていった。女の声を思い出す。言葉にならない声。閉じた空間に、風が響いているような声。本はあるだろうか、どこへ行けば見つかるだろうか。空き地、道路、砂浜、波、水平線。空の空白と海の深さが混じり合うところ。わたしの胸の空白からも、とぎれとぎれの咳が出る。
[グループ]
戻る 編 削 Point(6)