失われた腕たちへ/角田寿星
はげしい酸性雨にうたれて森が溶けていく
夢で
目が覚めた
髪が寝汗でべっとりとはりついている
彼がわたしに
失くしてしまったほうの腕で
手渡してくれた
一杯のコップの水を
ずいぶんと時間をかけて飲んだ
わたしたちふたりは
ひとりごとのように空を見上げる
ふかい霧に森はけぶっている
「今年は 雨が少ないね
週に5日しか 降らないんだから」
彼は失くしてしまった腕を
無意識のうちに
いつまでも撫でつづけている
ベッドに腰かけたまま
彼に適当な相槌をうちながらわたしは
森に奪われて転がってる木樵の
名もないあまたの腕たちのことを
ずっと考えていた
森に朽ちた斧
森に濡れた鋸
森に眠る腕たち
わたしの愛おしい腕たち
雨がまだ降らないうちに
腕をもとめて森に向かおうと
わたしも彼も
ふたたび舟を漕ぎはじめる
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