霧の底の国/殿岡秀秋
霧の底は不思議の国である。霧は谷間を埋めて川のように流れる。霧の上に表れている山のいただきは雪に覆われている。霧の流れは谷間の果ての崖にふつかって上昇し、山の斜面を薄いレースのカーテンのように覆うが、曇り空に吸われて消える。山の斜面に鹿が黒い豆のように点在するのをぼくは展望台から見る。空では雲が春の氷のように割れて、光が淀んだ霧の川を照らしだす。霧は敵の気配を察した生き物のように谷間を後退していく。谷底が徐々に絹の布団をはがすように見えてくる。
崖下には眠っている女の顔がある。谷間は女の裸体が光を受けて輝いている。谷間を埋めつくす女は何者なのか。雲は再びまぶたのように閉じて、光が消えると、霧
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