サクランボ/EnoGu
 
あの日、花火大会の夜あなたとぼくは二人ならんで川沿いの黒いレンガと擦りガラスとマンホールとコンクリートでできた運河の道を歩いた、墨絵のようなH.R.ギーガーの地下世界みたいな単純で果てのない迷路のふちを歩いた、みわたすかぎりの黒くて広い川のはるか向こう岸で音もなく咲いては散る平べったい花火たちが人類滅亡前夜祭の飴細工の夢だった、めだかの虹のかすりのかすみのドレスをひらひらさしてあなたは橋のたもとの閉店間際にして亡霊なる青果店でぼくに氷のように美しいサクランボをねだった、亡霊青果店の亡霊主人はナンバープレートの入った亡霊キャップを目深にかむり透明なビニールのカップに盛られたサクランボをあなたに手渡す
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