やもり/ZUZU
おどりばの大きな鏡に
一匹のやもりがぺたんと張り付いていた
どうやらぼくの前世のようだった
今世のぼくは前世のぼくを見て
ついなつかしくなってしまったというわけ
やあ…と声をかけた
やもりはもはや動きたくもないようだった
十月の最高気温を記録した午後だ
ぼくは昇進を見送られたあとで
意外なほどがっかりしている自分に
もういちどがっかりしかけているところだった
どうだい…とやもりは尋ねた
どうもこうもないよ
主任になれたのがやっと最近のことだよ
にんげんもいちどくらいじゃにんげんになりきれるものじゃないらしい
やもりとはわけがちがうよ
恋をしてもつい前世の素性
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