天敵のいない八月/いとう
ない。静かな、天敵のいない八月。
獣たちの空は曇っている。声を発するのは、
生き残ったものたちだけだ。
手を伸ばすと雲に届く。雲の中で泳ぐ稚魚の
感触とは異なるものがいる。おそらくは鱗だ
と思われるその鋭利な感触で指を切る。血を
求めて、稚魚たちが群れる。意味もなくそれ
を握り潰すと、臭いにつられて稚魚たちがさ
らに群れる。
山並みの遠くに似たような姿がある。瞳はそ
の姿を映し出すが、瞳の奥には何もない。そ
の矮小な球体のレンズは見たものを反射する
のみで、何もない。
映った姿は、おまえだ。
そしてそれは、おまえだけのものだ。
瞳は鳴かない。鳴くことはない。
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