湯船/岡村明子
 
湯船にゆっくり脚をのばす
私は顔をお湯から半分だけ出して
鼻息で作る波紋を楽しむ
沈黙
あなたが入ってくるとき
私は寝たふりをしている
湯かさが増して
鼻で息ができなくなったとき
はじめて目を開ける
お湯の中にあなたがいる
まっすぐに見つめるあなたの目が恐ろしい
あなたは正しくて間違わない人だから
私を正面から見ないでください
と言いたいのだが
湯船は小さいので
向かい合って脚を交互にするしか
おさまる方法がない

やがて
老人になる
しわだらけになった手をとって
手首から

二の腕
わきの下
背中
に手を伸ばし
しがみついて
ようやく
あなたは天井を見ている
私はあなたの頚動脈にかじりついている
沈黙

水滴が
夜を濡らす
遠くで汽笛が鳴っている
時計は動いている

二人はまだ
夢について語ったことがない

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