『Alice』/川村 透
 
手袋をなくしたマネキンめいたつやつやしいその腕で、
両手をなくした上半身だけの僕という薄鼠色の石膏像を抱き上げる。
それから女が、仮面のジッパーを横一文字に一気に開く、
とりとめのない地図のように見える顔が現れたかと思うと、
女の顔のカオスは、絵の具を水に溶かした時に似た曖昧さから、
毒蛾の羽模様めいた禍々しい複雑系へと息を飲むような進化を遂げ、

−−あるいは僕の視力が生まれ変わりつつあるためか
−−夜の奥深く女の底に瞬く、黒の灯火=地図記号=街の部品たち

女の顔の藍色のカオスは、昆虫の複眼に似たあまりにも幾何学的な
自堕落な銀色にけぶる瞳になって、僕にキスするように近付
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