詩人は局外者であるべきである/岡部淳太郎
彼等は自らの外部にあるはずの事象たちに容易に飲みこまれ、それらを外から眺める局外者の視点を持つことはない。おそらく彼等には孤独であろうとする覚悟が足りない。人と簡単に肩を組み、自らが何者であるかという哲学的問いを発することは少ない。だから孤独を恐れ、単独者たらんとする心意気のようなものを持てずに、「正しさ」の方に引きずられてしまう。だが、本当はそれではいけないのだ。卑しくも詩人であるならば(などと、またしても反感を買うような言い方をしてしまうが)、孤独であることを恐れず、自ら瀬局的に異物たらんと志して、局外者であろうとするべきなのだ、
僕がこのような考えを持つに至った背景には、僕自身の長い孤独
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