宗教的言説と「媒介」の構造について/atsuchan69
 
取る。「怒りは自分を苦しめる」「相手にも事情がある」「執着を手放したほうがいい」「対立より調和を」。これらの言葉は、一見すると成熟した倫理観や人生観に基づくものに見えるし、実際に個人の内面に向けられる限りにおいては、一定の意味を持つだろう。

しかし、こうした言葉が社会的問題に向けられたとき、別の機能を持ち始める。問題の焦点が、制度や構造、責任の所在から離れ、「問題をどう受け止めるか」「どう心を整えるか」という個人の内面へと移動してしまうのである。

この転換が起きた瞬間、検証されるべきだった組織や権力は視界の外に退き、問いは個人の倫理や態度の問題へとすり替えられる。被害や不正が存在してい
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