海岸地方の物語/「ま」の字
 
ということで
みな頭がいっぱいだった
だけど
今日の買い物で僕たちと話をしたのは誰だ
牡蠣をまけてくれた店の親方
にこやかに挨拶をかわしてくれたおばあさんや
坂道ですれ違った乳母車の赤ん坊
覚えていない。全く。
崖のうえで
水平線にじっと見つめられているような 目印の松を回る
洋館へと向かうひとすじのみちにシロツメクサが匂い
どうしたんだ
いったい町で買い物もしたのに
だれも覚えていない ここにいるみんなは
そうだ映写機の中になるだけだ 
なきたいおもいでさけんだ
さびしい!

さびしい洋館に帰ってゆけ
太陽に溢れた 島の北東の海岸地方は
淋しくきらきらとひかる口笛の響きゆく 洗われたような 余白ばかり

愉快に過ごしたその夏は
ぼくらに 記憶だけにしかならなかった
とてもすてきで こうふくな記憶
そしてそのおわりはいつでも

風の日。

僕たちが
キャアキャア声をあげて遊んだ
あの風の日だよ

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