表現の動機について/由比良 倖
 
いいと思うほど嬉しくなるでしょう。ただし、その嬉しさを最初から求めて表現すると、そこに見え透いた意図がどうしても含まれてしまう為、人の共感を得ることはまず出来ません。お世辞を言われるのがせいぜいでしょう。
 僕は時々、僕の死後、僕の知り得ない誰かがひっそりと僕の墓参りに来てくれたなら、それだけで本望だ、と思うことがあります。
「さて、孤独の表現をしよう」として、孤独の表現は出来ません。本当に僕が孤独をひしひしと感じていない限りは。仮に、孤独の表現を意図しつつ、しかもたまたま孤独らしい表現が出来たとして、僕自身はその表現を、自分にとって価値あるものだとは感じません。お礼を言われたりなどしたら、強
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