つづら坂(過去作)と音/wc
 
たずねてみると名前が欲しいと言う
それは私にとって
必要のないものに思われ
私は彼にくれてやった
すると今度は名前を呼ぶ声が欲しいという
私は彼に乞われるままに
次々に私を暗がりにくれてやった
彼は私に礼を言うと
やはり背後の夕日の中へ溶けていくのだった

やがてなんにもなくした私は
彼のいた煙草屋の軒先に腰をおろし
暗がりで
誰かが通り過ぎるのをじっと待っていた
時間はろ過されたように
一滴一滴ゆっくりと世界を染めて
頭上から群青が深まり
そして
暮れて
煙草屋の軒先にうずくまった影
だけが残って
静かだ

うずくまった影が
さっきまで心だった場所に
暮れていったつづら坂の情景を
焼き付けようとしている
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