「猫」という名のホテルにて/岡村明子
おいしい
ためいきと沈黙の時間に
脇にはベッド
シャワールームには
不思議な大きな女の子の絵が
目隠しに貼ってある
濃密な時間を過ごすための空間
で
おでんが冷めていく
こういうホテルでしか見たことのない
変な着かたをするうわっぱりの
ストライプ・ブルーに
汁を滴らせながら
ずるずるとがんもどきを食べている
あなた
の
名前もまだ知らない
(会社でのあだ名はカッパ。間違いない)
にせものとは
こういうことを言うんだわ
どうでもいい夜を飽かず過ごす
私たちは
そんなに罪なことはしていない
言葉も出ない淡泊な闇に絞め殺されるほど
後ろめたい誰かがいるわけではない
私たちは社会の外で出会ったような気になっているが
この日この夜の一つの細胞であったことは間違いない
おいしい
においと
星空模様のカーテン
が
頭の上で揺れている
私は目をつぶり
火花が散るのをじっと眺める
扉の外では猫が丸くなって眠っているだろう
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