ウラノスの午后/大町綾音
 
が誰の声かも、なぜ謝っていたのかも、彼は思い出せなかった。けれど、いま目の前にいる女性の横顔を見たとき、全身がわずかに震えた。

(2)

 彼女が席を立ったのは、三時を少し過ぎたころだった。

 彼は、心のどこかでその瞬間を待っていたようだったが、いざ立ち上がる姿を目にすると、思いがけず胸の奥が締めつけられた。白いコートがふわりと肩に掛けられ、カップを持ち上げた手が、わずかに震えていた。震えが寒さによるものか、それとも何か別の内的な揺らぎによるものか、彼にはわからなかった。

 彼女は、席にチップを置くと、会釈ひとつだけをして、店を出ていった。扉のチャイムが鳴る。その音が、なぜか
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