正字旧仮名文語体【きょうのソネット】/佐々宝砂
の口に轡を填め己が耳に大鋸屑を詰めしが、
詩人の指ひらひらと動きなほ言の葉を綴りたり。
されば女、出刄疱丁にて詩人の指を切り落とし、
己が兩眼を瓦斯の炎にて灼きたれど、
詩人の言の葉の數々、女の腦髄を驅け巡り、
夜も晝も五月蠅ければ眠るを得ず。
消えやらぬ言の葉にやうやく己が心悟りて、
女いよよ錯亂し亂れたる髮も其の儘に、
夜の街を經巡り彼の詩人の姿を求めたり。
されど彼の詩人既に西方に去りしかば、
最早此の世にては出逢ふこと叶はず。
あはれ言の葉ゆゑ詩人は死し女は狂せしとぞ。
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