ハナアブ/山人
 
梅雨の明けない早朝、雨は少し降っていて
私は散歩するのをやめていた
できれば行きたくないな
という気持ちを後押しするように、小雨ではあるが
雨はひび割れたアスファルトに落ちていた
ふと昨日の事を思い出していた

作業を終え、濁った河川のコンクリートに腰掛けていると
丸々としたハナアブが人懐こく私に絡みつき
素肌に留まり、私の汗を舐めている
吸盤のような唇を私の手の甲に押し当てて
ぴとぴと、といった具合で味わっていた
追い払うとふたたび飛んできたので
私は彼をポンと押しこくると
体の重みを少し感ずることができた
何度か繰り返したが、また彼はやってきては
私の汁が美味いのかな皮膚に着地した

一匹のハナアブの事を思いだしていると
やがて朝は厚化粧を暴かれたかのようになり
見たことのない人のように
言葉すら掛けられないでいる



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