「おかぁさん、ありがとう」/秋葉竹
こに置き忘れてしまったのだったっけ?
そういえばあのとき沈み込んだ
胸の難破船の秘密の船底に
ずいぶんと傷んだマリア像が
倒れて転がっていたのを
探して船内を歩き回って
みつけたのは深海の底でだったか
あの瞳をかたどった穴から
海水とはまたまるで別の
なにか言葉のような泡粒が
ポロポロとこぼれ出す音を
聴くとは無しに聴いた気がする
あれが最後の母への想いだったのかは
知らないしいくら考えてもわからない
その二度とみることのない深海の過去は
おそらく誰も知らないし
だれにもわからないまま時だけが
ゆったりと止まりつづけ
そうしてそれは
いつかわたしが母になった時に
世界を飲み込む激しい渦となって
この身も心も巻き込んでしまうのだろう
その後悔はしたく無いから
だからわたしはそれに気づいたいま
できるだけ聴こえる声で告げるんだ
「おかぁさん、ほんとうに有難う」
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