二十年の季節の物語/佐々宝砂
 
でいる。春はくるのだろうかと空を見上げる俺の手を君がそっと握る。


4.母(秋の半ばの生まれ)

春が来た! 私にとって生まれて初めての春だ。まだ氷も雪も残っている大地にはそれでも緑が芽吹き始め花が咲き始めた。私は赤ちゃんを抱っこして窓辺に佇む。この子はこども時代と青春時代を春と夏という素晴らしい季節のなかで過ごせる。正直少しうらやましい。秋生まれの私はまだ夏を知らない。夏は素敵な季節なのだと義父はいうが、この春ほど素敵な季節があるとは思えない。私がこれまで生きた中で最も美しい季節だ。


5.私(春のはじめの生まれ)

もうすぐ夏が来るのだという。春のはじめに生まれた私は夏を知らない。というか私の家族で夏を知っているのはおじいちゃんだけだ。夏のはじめに生まれたおじいちゃんは四季を全部知ってるはず。それで夏がどんなものかおじいちゃんに聞いたけど「また夏が来るのか、懐かしい、本当に懐かしい」と言うばかりでよくわからなかった。でもわかってることもある。私の春は終わる。私はこれから夏を生きる。人生でただいちどの夏だ。素晴らしい夏になりますように。
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