瞬篇3/佐々宝砂
れている。座標は正しい。おそらくは。時間移動は常に危険を伴うが、これまでこの機で失敗したことはない。それでもいつも不安が消えない。眼鏡についた微細な傷みたいに、私が私であるかぎり消えないんだと思う。頭を振って、いーち、にーい、さーん、と心の中で数える。正面のディスプレイに映る風景が歪む。いや違う、歪んでいるのはディスプレイ自体だ。何が起きた。衝撃はない。身体に違和感があるわけでも、不快な感触があるわけでもない。しかしそれでも、これは異常事態だ。ゆがんでゆく。ディスプレイが。機体が。わたしが。何が起きているのか。少しずつ思考能力を失ってゆく脳でかんがえる。むかし、おかあさんが、夜ねむる前にはなしてくれたっけ。あれは、たしか、ハエのはなし。ハエといりまじってしまったひとのはなし。わたしはきっと、いまなにかといりまじってゆく。きっと、いちがずれたから。いち。いちってなんだっけ。いーち。にーい。さーん。
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