無言劇/ただのみきや
 
──聞いてほしい
そう言ったきり黙ったまま
あなたは瓜を切る
狐雨 なだらかな稜線
あふれる水気に中てられて
ナイフは曇り
鈍い光が一、二度声もなく
痛いのは自分だと叫んで
果肉に深くすべり込む
新聞紙の上
すっかり息にとけた片言が
かすかに滴って
二か月前に活字化された
事件のあらましを
甘くあいまいにぼかしてしまう
前へ進む時計の音はない
過去と今だけ
白蝶は締め切った障子の向こう
影だけすべり込ませ黒蝶に転じ
肋骨や腰骨に蜜を求めた
立ち込める匂い
瓜だろうかあなただろうか
ハリエンジュの花にも似て
肉塊であり煙であり
糸であって針でもある
蛇ならチロチロ舌先で
この空ろに気配を満たすものが
なにであるかを捉えただろう
あなたの話は何だったのか
もう数十年
     詩は黙したまま
                

                (2024年6月16日)









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