閃篇5 そのに/佐々宝砂
り、蛙の声が騒がしい。母はまだ帰ってこない。父はたぶんいつものように帰ってこない。私は読みさしの本を閉じて台所にゆき、砂糖とミルクを入れたコーヒーを淹れる。と、濃厚な人の気配が立ち現れた。もっとも姿は見えない。
「ああ、そうだねえ、あの頃はミルクも砂糖もたっぷり入れてたよねえなつかしい」
突然の声には聞き覚えがあった。カセットテープに録音した自分の声だ。誰?と言いながらきょろきょろする。
「なんか言いたいなあと思ったの。でもなんにも言うことないや。1984年のあんたは私じゃない」
声が消え、気配が消えた。私はコーヒーを淹れ直してTVをつける。そろそろまんが日本昔ばなしがはじまる。
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