清らかな猫の唄/森 真察人
 
 廣松(ひろまつ)渉(わたる)の哲学書のことを考えていた。
 認識論についても 現象学についても僕はなにも知らないものだから 放り出してしまったあの哲学書。
 僕がはじめて読んだ哲学書。

 三年前 僕の脳内に霧が立ち込めてからというもの 僕の精神や身体 若(も)しかすると情緒までもがその能力を失ったようだった。三年前にちゃんと寝ていれば  あの哲学書も読めたはずだった。

──雪だ。なあ、ジャンプ買いに行こうか。
 僕はお父さんにしたがった。

 柿の木を通り過ぎた。さびしそうな柿の木は いま十八歳の僕よりはるかに若々しく見えた。

 猫の足跡ひとつない雪
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