孤独な口づけ/鳥星
の中は僕一人しかいなかった。精神病院は海沿いにあり、涼しい気配がいつも病室に漂っていた。彼女も母親も鬱病で、同じ精神病院に入院していた。彼女は母親のツテで知り合い、彼女からのアプローチがあって付き合い始めた。
どうして、心を閉ざしているの? 彼女がそう尋ねる。僕は、心を閉ざしていないと答える。だったら、どうして泣いているの? と彼女が聞いてくる。僕は自分でも気付かぬうちに涙を零していた。分からない、と僕は答えた。深夜3時。駐車場に停まった車の中で、僕は静かに泣いていた。彼女は、こう言った。神様は、その人にしか乗り越えられない試練を与えるのよ、きっと。僕は耳が悪かった。耳が悪い僕のために、ゆっくりとした口調で、健聴者の彼女は優しく語りかけてくれた。彼女の瞳は優しかった。声も優しかった。僕は、何のために生きるのだろう。どうして耳が悪いのだろう。右耳につけた補聴器を外せば、無音。何の音も聞こえやしない。補聴器をつけた所で、雑音じみた世界の中で一人ぼっちになるだけだ。彼女は、天使のようだった。二人、手を繋いで、キスを交わした。どうしようもない心の痛みを、傷を舐め合うような口づけだった。
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