のらねこ物語 其の二十九「雪景色」/リリー
店舗は、
左甚五郎の木彫りの「眠り金魚」が評判を得て
順調な滑り出しとなったのだ
忙しい清吉とは、なかなか逢えず
こうして手紙のやり取りをする公認の仲になっていた
やがて季節は巡り その年の冬
河原の橋の下
まだ うす暗いうちに
「うわっ、大変な雪だ!」
目を覚ましたトラの声に
彼の脇腹へ頭を埋めて寝ている女房は
面倒くさそうに目を開けて
「どれほど降ったのよお?」
「そうだなぁ…。深さ五寸ほどかな。」
顎へ手を当てて呟くトラに
にゅっと、顔を寄せてくるのは
二年前からヨリを戻した かつて家出した女房
藁蓆で作った擦り切れた叺の寝床には
三人の子供たちが身を寄せ眠っている
「はば は、どれほどあるか分からん、でしょ。」
女房が優しく笑ってそう言うと
「ああ、そうだ。幅は、分からん。」
ふたりは まだ鳥も鳴かない
雪あかりの川辺を
仲良く眺め見るのであった。
(完)
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