のらねこ物語 其の二十「木彫りの虎」(一)/リリー
 
掛ける旅姿の男が
 通りを跨ぐ真向かいの大野屋へ視線を投げ
 独りごちる
 「俺から見りゃ、良い出来とは思えないんだがなぁ…。」

 大野屋が店の奥の帳場格子の脇に低い台を添えて
 ちょうど近江屋の店先を睨みつけるように置いた
 木彫りの虎
 毛の文様、歯まで細やかに掘られており
 重圧感や迫力、繊細さなど
 作家の力量を感じる と
 大野屋を訪れる人は口々に言った

 「そうかねえ…。」
 両腕を組み考える男には、虎にそなわる風格が無いように
 思えたのである 
 近江屋の掛け軸を振り返り見て言ったのだ
 「こっちの金魚の方が生きてるぜ。」

 この男こそ、天下の名匠と知られる彫刻職人
 左甚五郎であった。

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