玄関/リリー
その朝
半開きになっているリビングのドア
玄関廊下の床に外からの光が
もれ込んでいた
あわてて玄関へ目をやると
鉄扉は大きく開き
こちらを見詰める背の高い人影、
すぐに母だと分かった
どうして敷居を跨がないの?
うっすら見える顔は
疲労あらわで目が窪み
コートを着込む体も冷え切っている様で
寒い道をながく歩いて来たのだろう
「早く、お風呂すぐ用意するから!」
温かいお茶を入れるから
早く中へ、と声を上げる私に
無言のまま無表情で
還って来た母は立ち尽くしている
素直に言えなかった
「ごめんなさい」や「ありがとう」
が、山ほどあるから
気ばかりせいて玄関へ近づくと
そこには鉄空の湖畔拡がり
誰も いない
そんなはずはない!
「ママッ!」
呼び掛けた自分の声で、目が覚めた
起き抜けで確かめるリビングのドア
閉まっている嵌め込みガラスの
むこう側は、その朝
妙に暗かった
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