たったそれだけ/松本 卓也
その塊は例えるならば
草原に紛れた矮小な虫
誰をも妨げること無く
誰をも咎めること無く
そこに在る証といえば
微かな呼吸でしかなく
誰もが気付かずに居て
穏やかに楽しむばかり
だけど彼は泣いていて
だから彼は嘆いていて
だけど彼は笑っていて
だから彼は嘯いている
嗚呼この世界の一滴に
息を潜めることもなく
ただ安らかに息づいて
真と実に塗れたままで
それが魂であるならば
誰かに拾われることに
喜びがあるのだろうか
嘆きがあるのだろうか
それは誰をも知らない
それは誰もが知らない
それを知る証などない
それは何をも残さない
自ら手を差し伸べても
涙など溢れてはいない
ただ夜露と共に消えて
虚ろな闇に紛れていく
ただそれだけ
たったそれだけ
誰の目にも映らない
ただそれだけ
たったそれだけ
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