奏でる/由比良 倖
 
楽器職人になってしまった。
世界中を旅したために、あなたは日本語の美しい部分だけをよく覚えていて、そのためにあなたの楽器はますます詩的で、そして夢の原理に厳密になるほど、あなたは自分の名前や年齢を忘れることが多く、それはあなたの身体も同様だった。
あなたはたったひとつの試作器としての楽器を、長い間、作り続けていた。或いは、夢を見るのが、一日の殆どの、あなたの仕事だったのかも知れない。いつ見ても同じ、薄汚れて木屑にまみれ、塗料の染みついたシャツを着て、いつ見てもずっと同じ一日の中に、あなたはいるみたいだった。
もともと少なかった口数はさらに少なくなり、私が楽器を鳴らしてみると「どうかな」と言う
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