リュウグウノツカイ/ただのみきや
 
あまたのことばが虚空を削り
ひとつの卵が残された
閉じ込められた海の幽霊は
体積も質量も持たずに時化たり凪いだり
おのれに欹てることに不自由はなかったが
鳥が縫うような眼差しのおしゃべりに
卵はひとつの顔となる
熟れてゆく死 汗はつめたく甘く
ゴルゴダのような額から
雨に光る裸婦像が生えてきて
彼女はピアノをまとっていたが
音は濡れそぼつ槿(むくげ)のしずくのよう
色を映して 色を移さず
鏡の目薬として作用した
それでも雨乞いをやめられない
みだらなめだまが葉陰を移動して糞を残すから
かつて主(ぬし)と呼ばれたものの眼孔のような池を見て
溶け去るとわかっていながら一つ帯
身を投げて
水脈を伝って海まで抜けて
こと切れがちなメロディーは
泡沫の中の喪失を太らせながら
クスクスクスクス幽霊を希釈した
誰もが出入りする夢の浅瀬
打ち寄せられた骨片の傷あとに
舌を這わせる耳をさかのぼり
おんなは海で卵を産む



                        (2023年8月12日)









戻る   Point(3)