湖の即興曲/リリー
 
なたへのサヨナラ

 石畳の道を歩む 一人
 白い冬空に葉を落とした枝、ほろほろ 
 映るときがきても
 この紅葉だけは心にとどめておこう
 そう思えたから 投函してしまったサヨナラの手紙。

        *

 「焔の色はなつかしい色だ。」
 老人は私の肩を抱いて言った
 
 ほら、お前の様な若者には情熱を。私の様な年寄りには美しい過去を。

 かつて夜の湖で
 対岸の灯の教えるものを説いてくれ
 私の道標を築きあげてくれた
 老人は
 冬を離れる事に
 限りない哀しみを覚えると
 毎夜 ダンロに薪をくべながら私を呼んで
 話すでもなく 話さぬでもなく
 常、一ときをすごす。

 湖面に霧が立つ

 冬には絶対に感じられなかった体中のしめっぽい けだるさ
 老人は麻薬を嗅いだ様に寂しさの中にしびれ
 心弱く 思い出す人の影を

 晴れ渡った湖は薄青さを とり戻し
 香気を溢れさせ
 空も もう春だった。


 
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