介護/佐野ごんた
 

桜や空を綺麗だなと見ているうちに
忘れてしまったという
何か用事があるといって
父は出かけたのだが

記憶がなくなるというのは
もしかすると幸せなことかもしれない
世の中のやらなければならないことは
大抵やらなくてもなんとかなる

夜中のTVショッピングで
父は補聴器を買ったが
案の定2日でやめてしまった
つや消しのケースの黒が
朝日をまるく反射している



ブルーベリーのジャムと
スプーンが朝の食卓にでていたので
夜中にパンでも食べたのかと母に問う
何も覚えていないという
かりんとうも少し食べたかもしれないと
むじゃきに笑う

日曜日だといいはる母に
今日は土曜日だということを
いろんな角度から証明していると
しまいには
みんなが1日ズレているという



目も、耳も
体のあちこちも、記憶も
いつどうなるかわからない
と毎日いう

庭の草が伸びて気になるというから
草刈機で一掃してやったのは
1週間ほど前だったか
いまは白い花がいちめんに咲いている
その花の名を僕は知らない


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