蛞蝓と私/山人
 
ひとり山道を歩いていると大蛞蝓に遭った
私は呼吸も荒い中、足を止め
元気ですか――と、声掛けした
彼は特に気にするでもなく、じっとしていて
じっとしていることが最大の防御ですと言わんばかりに
私をしかとしている
おまえは蛞蝓だから仕方ないなと私はあきらめ
エアー煙草を吸うことにした
人差し指と中指で妄想煙草に火をつけて
霧に咽ぶ山道の倒木に腰掛けて
空想の煙を吐く
うまい

彼はひたすら動かない
それはとてつもなく大きい自我の塊であり
とてつもなく巨大な意志で出来ていて
悟りを越えたところの境地にまで達して居り
私は彼に完全に押し込まれていた
見ると彼は彼の這った痕跡が粘質に光っていて
過去を枯れた幹に塗しつけているのだった
戻る   Point(7)