詩の日めくり 二〇二一年九月一日─三十一日/田中宏輔
 
たいなにがあるのか確かめてみようと思って、ひとりで噴水のそばに行った。水面に目をやったとたんに、自分の視線を通してある考えが流れ出てゆくように感じられた。(そのとき、マルガリータ夫人は次のような言葉を口にした。『それは、今となってはべつに名づける必要もない考えでしたの』ひとしきり咳こんだあと、こう続けた。『いじりまわしすぎて自分でもわけの分からなくなった取りとめのない考えだったのですが、それがゆっくり沈んでいったので、そのままそっとしておきました。わたしが水のなかから引き出した思い、自分の目と魂を満たしたさまざまな思いは、そこから生まれてきたのです。そのとき初めて、人間は水のなかで追憶を養い育てて
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